公開日:2026/07/24
【組織運営】ベトナム現地法人で起きやすい「人事トラブル予備軍」
〜採用・契約・評価・給与・退職の小さなズレが、大きな問題になる前に〜 
| ベトナム現地法人の人事トラブルは、ある日突然発生するように見えることがあります。しかし実際には、採用時の説明不足、労働契約と実際の業務のズレ、評価・昇給理由の不透明さ、上司とのコミュニケーション不足など、小さな問題が積み重なった結果として表面化するケースが少なくありません。
「社員から特に不満は聞いていない」「これまでも同じ方法で運用してきた」という状態であっても、問題が存在しないとは限りません。社員が上司に直接意見を伝えず、転職先を決めてから退職意思を示すことも多いです。 本コラムでは、ベトナム現地法人で起きやすい人事トラブルの“予備軍”を、採用、契約、評価、給与、マネジメント、退職の各場面から整理します。組織運用を見直すきっかけとの参考となれば幸いです。 |
I.人事トラブルは「制度」よりも日常の運用から生まれる
日系企業では、就業規則、労働契約書、賃金規程、評価制度などの書類を整備している会社が少なくありません。しかし、規程があることと、実際の運用が適切であることは別の問題です。
例えば、評価制度上は半年ごとに面談を実施すると定めていても、実際には評価結果だけを社員に通知している。昇給基準があるものの、最終的には上司の感覚で決まっている。労働契約書には一定の職務内容が記載されているが、入社後に担当業務が大きく変わっている。
このような「書類と実態のズレ」が続くと、社員は制度そのものではなく、会社の姿勢に不信感を持つようになります。
小さなズレが大きな問題になる流れ

人事トラブルという言葉からは、訴訟、行政対応、労働争議などを想像しがちです。
しかし、その前段階には次のような兆候があります。
・社員が上司に相談しなくなる
・会議で意見を出さなくなる
・評価結果に対する質問が増える
・遅刻、欠勤、有給休暇の取得が急に増える
・社内の噂や不満が広がる
・優秀な社員から順に退職する

II.採用時の「伝えたつもり」が入社後の不満になる
人事トラブルの最初の芽は、採用段階ですでに生まれていることがあります。採用を急ぐあまり、候補者にとって魅力的な部分を強調する一方で、業務の難しさ、繁忙期、報告ルール、評価基準、将来のキャリアなどを十分に説明していないケースです。
会社側の説明と、社員側の受け止めのズレ

採用時点では候補者も入社意欲が高いため、多少曖昧な部分があっても質問せずに受け入れることがあります。しかし、入社後に現実との違いを感じると、「説明と違う」という不満に変わります。

III.労働契約と実際の役割がずれていないか
事業の拡大や組織変更に伴い、入社時とは異なる業務を社員に任せることは珍しくありません。しかし、職務内容、勤務場所、役職、給与条件などが大きく変わっているにもかかわらず、契約書や社内文書が更新されていない場合があります。
特に注意したいのは、会社側では「業務上当然の変更」と考えていても、社員側は「合意していない仕事を追加された」と受け止める可能性があることです。
| ■確認したいポイント | |
| □現在の職務内容は労働契約書の内容と大きく異なっていないか | □昇格・異動・配置転換の際に、役割と責任を説明しているか |
| □役職変更に伴う給与・手当の変更を文書化しているか | □試用期間終了時に、正式採用の条件を明確に確認しているか |
| □契約更新時に、以前の条件をそのまま転記していないか | □契約書、就業規則、賃金規程と実際の運用が整合しているか |
契約書は、問題が起きた際に確認するためだけのものではありません。会社と社員の期待値を一致させるための基本文書です。特にベトナム労働法においては、一度締結した労働契約の不利益変更や、会社都合による解雇・離職の法的ハードルが日本以上に高く設定されています。「後からすり合わせればいい」という曖昧な運用のまま放置すると、将来的に解決が困難な深刻な労務問題へ直結します。
なお、労働契約の変更や雇用終了に関する法的判断は、個別事情によって異なります。実際の対応に際しては、現地の専門家と確認しながら進めることが重要です。
IV.評価・昇給の「説明不足」が不公平感を生む
評価制度に関する社員の不満は、評価結果そのものよりも、なぜその結果になったのか分からないことから生まれます。
例えば、前年より成果を上げた社員が、会社業績や昇給原資の都合により期待した昇給を得られなかったとします。この場合、会社側には合理的な事情があったとしても、説明がなければ社員は「努力しても評価されない」「上司に気に入られた社員だけが昇給する」と受け止める可能性があります。
評価を「納得感」につなげる5つの運用ステップ

また、評価と昇給は必ずしも同じものではありません。評価が高くても、現在の給与水準、昇格の有無、会社業績、市場水準などによって昇給率が変わることがあります。その場合も、会社としての考え方を社員に説明できる状態にしておく必要があります。
V.給与・手当の個別対応が制度の歪みにつながる
採用難や社員からの退職相談に対応するため、個別に給与や手当を調整することがあります。短期的には必要な判断であっても、例外対応が積み重なると、社内の給与バランスが崩れます。

特に注意したいのは、「退職を申し出れば給与が上がる」という認識が社内に広がることです。会社として優秀人材を引き留めたい気持ちは理解できますが、場当たり的なカウンターオファーは、他の社員の不公平感や追加の退職相談を招く可能性があります。
必要なのは、社員ごとの個別交渉ではなく、職位・役割ごとの給与レンジ、昇給基準、手当の支給条件をあらかじめ整理することです。例外対応を完全になくすことは難しくても、「どのような場合に、誰が、どの基準で承認するか」を決めておけば、制度の歪みを抑えられます。
また、ここで頻発するのが「日本本社との認識のズレ」です。現地市場の急激な変化(人件費上昇)を日本本社が把握しきれておらず、現地法人が提示した昇給案や給与レンジの見直しが却下され、結果として現場で無理な個別対応(手当の属人化など)が横行するケースも少なくありません。本社と現地が同じ市場認識を持つことが不可欠です。
VI.管理者の言葉と対応がトラブルを拡大させる
制度が整っていても、現場の管理者が適切に対応できなければ、人事トラブルは防げません。社員から不満や相談を受けた際、「会社の決定だから仕方がない」と説明を終える、感情的に反論する、その場で実現できない約束をする、といった対応が問題を大きくすることがあります。
社員が求めているのは、必ずしも要求をすべて受け入れてもらうことではありません。まずは話を聞き、会社として確認し、いつまでに回答するかを伝えることが重要です。
| 管理者が相談を受けた際の基本対応 |
| 1.事実と感情を分けて聞く:何が起きたのか、本人がどう感じているのかを整理する |
| 2.その場で結論を約束しない:権限のない内容を即答せず、確認後に回答すると伝える |
| 3.記録を残す:日時、相談内容、会社側の回答、今後の対応を残す |
| 4.適切に共有する:人事・上位管理者・経営者など必要な範囲で検討する |
| 5.期限を決めて回答する:相談を放置せず、対応状況を必ず本人に伝える |
VII.退職時の対応が会社の評判を左右する
退職が決まった社員に対し、「もう辞める人だから」と対応が雑になるケースがあります。しかし、退職時の会社対応は、残る社員や採用市場からも見られています。
ベトナムでは、同業者、友人、元同僚、SNSなどを通じて、企業の評判が共有されることがあります。退職時に不適切な対応をすると、今後の採用にも影響する可能性があります。
退職時に確認したいこと
| ✅ | 退職意思と最終勤務日を正式に確認しているか |
| ✅ | 引き継ぎ内容と期限を明確にしているか |
| ✅ | 未払い給与、休暇、手当などの確認をしているか |
| ✅ | 会社資産、データ、アカウントの返却・停止を管理しているか |
| ✅ | 必要な書類や手続きの担当者を決めているか |
| ✅ | 退職理由を確認し、組織改善に活用しているか |
| ✅ | 残る社員への説明を適切に行っているか |
退職面談では、「給与が理由」「家庭の事情」といった表面的な回答だけで終わらせず、上司との関係、評価、キャリア、職場環境なども丁寧に確認することが大切です。ただし、退職面談だけで本音をすべて把握することは困難です。日頃から1on1や社員サーベイなどを通じて、社員の状況を確認する仕組みも必要です。

VIII.自社に潜む「人事トラブル予備軍」チェックリスト
以下の項目に複数当てはまる場合は、制度または日常運用を見直すタイミングかもしれません。
| □ 求人票と実際の仕事内容に違いがある | □ 採用時に評価・昇給・賞与の仕組を説明していない |
| □ 労働契約書を長期間見直していない | □ 異動や昇格後も契約・職務内容が更新されていない |
| □ 評価者によって評価基準が大きく異なる | □ 評価面談が結果通知だけになっている |
| □ 給与・手当の例外対応が増えている | □ 退職相談を受けてから給与を見直すことが多い |
| □ 管理者が社員相談への対応方法を学んでいない | □ 社員の不満や相談内容を記録していない |
| □ 退職手続きが担当者個人の経験に依存している | □ 部署別・上司別の離職傾向を確認していない |
| □ 問題発生時に本社と現地法人の認識が一致しない | □ 規程上のルールと実際の運用に違いがある |
上記のうち「3つ以上」チェックがついた企業様は、制度の明文化または日常の運用において「トラブル予備軍」が潜んでいる可能性が高いため、実態確認の実施をおすすめします。
IX.トラブルを防ぐために必要な「3つの整合性」
人事トラブルを予防するためには、規程を増やすだけでは不十分です。重要なのは、次の3つを一致させることです。

3つが一致していれば、問題が全く起きないとは限りません。しかし、問題を早期に発見し、組織として一貫した対応を取れる可能性が高まります。
まとめ:小さな違和感を放置しない組織へ
ベトナム現地法人における人事トラブルは、一つの重大なミスだけが原因になるとは限りません。採用時の少し曖昧な説明、更新されていない労働契約、理由が伝わらない評価結果、例外の多い給与制度、相談への回答遅れ、退職者へ不十分な対応。こうした小さなズレが積み重なり、会社に対する信頼は少しずつ低下します。そして、離職、採用難、社内不和、労務問題という形で表面化します。日常の運用を定期的に見直すことがとても大切です。
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