公開日:2021/10/15
ベトナムにおける弁済の充当のルールについて
1. はじめに
今回は、弁済の充当のルールについて解説します。弁済の充当とは、債務者が同一の債権者に対して、同種の内容の数個の債務を負担している場合(例えば、数口の借金債務)や、1個の債務の弁済として数個の給付をしなければならない場合(例えば、数か月分の賃料、数回分の月賦金)に債務者が弁済として提供した給付が、全部の債務を消滅するに足りないときに、どの債務の弁済に充てるかを定めることをいいます。
本稿では、まずベトナムにおけるルールについて説明し、その後日本法が適用される場合にどういった帰結になるかについても言及します。
2. 事例
抽象的な議論のみではイメージがしづらいと思いますので、具体的な事例をベースにして解説を行います。
事例
1)AはBとの間で売買契約を締結し、以下の三つの商品を購入することにしました。それぞれの商品の価格や支払い期限、保証は以下のようになっています。
① 商品㋐ 価格:1000万VND 支払期限:2021/9/20 保証:なし
② 商品㋑ 価格:800万VND 支払期限:2021/9/30 保証:なし
③ 商品㋒ 価格:500万VND 支払期限:2021/10/10 保証:c銀行の保証
2)AB間の売買契約については、弁済の充当について何ら規定していません。
3)本日(2021年10月15日)までAからの支払いがなかったところ、Aは500万VNDの支払いを行うとの連絡をBに行いました。しかし、Aは当該500万VNDの弁済について③に充当するように要求してきました。Aとしては、③の支払いから先にされると銀行保証がついている債権から消滅してしまうので、①の弁済に充当したいと考えています。
上記の状況においてAとBどちらの主張が認められるでしょうか。
3. ベトナム法による帰結
金銭債務の履行についてはベトナム民法(法律91/2015/QH13号)第280条には、期限、地点および支払方式について合意に従って履行されなければならないこと、別段の合意がある場合を除き債務には元本に対する利息の全額が含まれることが規定されているのみで、法律上弁済の充当について明確なルールが規定されていません。
以下に記す日本法を適用した場合の帰結、民法が契約者間の公平を図ることを一つの目的としており、歴史的に債務者が債権者よりも格段に弱い立場に置かれていたことを加味すると、債務者を保護するため、Bの主張が認められ、商品㋒に関わる債権の消滅が認められる可能性があります。
したがって、債権者側として、保証や担保の条件に違いのある複数の債権が発生する契約を締結する場合には、契約で弁済の充当についてきちんと合意しておく必要があります。本件の事例であれば、支払いが遅れた場合には商品㋒の弁済の充当が先に行われないようにする規定を設けておく必要があります。
4. 日本法を適用した場合の帰結
日本法上は、民法(明治二十九年法律第八十九号)において弁済の充当についてより明確なルールが定められています。
1)まず当時者間に合意がある場合は、その合意に従うことになります(第490条)。
2)当時者間に合意がない場合、債務者が充当について指定できることになります(第488条第1項)。したがって、上記の事例ではBの主張が認められ、商品㋒に関わる債務から消滅することになります。これを防ぐためには、ベトナム法が適用される場合と同様に契約において規定を設けておく必要があります。
3)以下は、上記の事例とは関係ありませんが、日本民法上のルールについてもう少し説明するために、仮に債務者が充当を指定しない場合についても説明します。
債務者が指定しない場合、債権者が弁済の受領時に指定を行うことができます(第488条第2項本文)。しかし、債務者は当該充当に対して異議を述べることができ、その場合債権者の指定は無効となり(第488条第2項但書)、下記の法定充当のルールに従うことになります。
4)両当事者が充当について指定しない場合、および債権者の充当指定に異議があった場合以下のとおり法定充当がなされることになります。
① 弁済期が到来したものから充当されます(第488条第4項第1号)
② 全ての債務について弁済期が到来している場合、債務者にとって利益の多いものから充当されます(第488条第4項第2号)※
③ 債務者に対する利益が等しい場合、弁済期が先に到来したものから充当されます(第488条第4項第3号)
④ 弁済期も同じ場合、各債務額の比率に従って割合により充当されます(第488条第4項第4号)
※ 判例(大判大7・3・4民録24輯326頁)によれば、保証人の有無では債務者の利益にとって違いが生じないとされています。
5. まとめ
以上から、ベトナムであろうが日本であろうが、複数の債権がある場合に、保証や担保の有無について各債権に違いがある場合、契約で弁済の充当について明確に規定しておかないと、債権者側は不利益を被る可能性があります。