公開日:2020/03/27
ベトナムにおける新型コロナウィルス感染の疑いのある労働者(自宅待機など隔離措置)に対する対処法(給与支払い等)についての一例
1 事例
『従業員が体調を崩し、病院で新型コロナウィルス(以下「新型コロナ」といいます)の検査を行ったところ陰性だったものの、2週間の自宅待機を指示された』という事例についての対処方法について以下検討します。
なお、以下は2020年3月17日時点における法令や通達等その他政府機関の公表情報を基に検討しておりますので、掲載後には変更になっている部分や再検討を要する事項が生じている可能性があります。この点十分ご注意下さい。
2 新型コロナに対する使用者の義務
労働法上の明文や判例で明言等はされていませんが、ベトナムにおいても、使用者は労働者に対して安全配慮義務(以下「安全配慮義務」といいます)を負っているものと考えます(労働法6条2項他参照)。したがって、会社は、新型コロナの感染予防を実施することについて、労働者に対して労働契約上の義務を負っているものと解します。
本件で、問題となっている労働者は(以下「当該労働者」といいます)病院で新型コロナの検査を行ったところ陰性だったものの、2週間の自宅待機を指示されています。これは当該病院で実施可能な検査では一応陰性と認められるものの、新型コロナに未だ未解明な部分があるなどして、未感染であることが確定しきれないことによるものと考えます(陰性という判断が出たとしても、ウィルスを保持していないということの証明にならないというのが、医療専門家間での共通認識だそうです)。
感染の有無について未確定との医療機関の判断がある以上、会社は安全配慮義務を履行するため、病院の指示にしたがって労働者を自宅待機させるべきでしょう。
3 労働者が休業中の給与等の取扱い
1)本件においては感染も疑いの段階でしかないので、当該労働者が傷病休暇を取得することはできないと考えます。
もっとも、2020年2月13日付で、ベトナム社会保険機関から社会労働省へオフィシャルレター第422/BHXH-CSXH号(以下「通達422号」といいます)が送付されており、以下の提案がなされています。
① 検査で陰性の結果であったが、医療機関で隔離させられた労働者
当該労働者が社会保険法にしたがって傷病休暇を取得するために、医療機関が隔離証明書を発行する責任を負うこと。
② 検査で陰性の結果であったが、自宅で待機(隔離)するよう指示を受けた労働者
当該労働者が社会保険法にしたがって傷病休暇を取得するために、当該労働者が居住している地域の医療機関が、強行隔離対象者のリストに基づき隔離証明書を発行する責任を負うこと。
この提案が実施されれば、本件も傷病休暇として取り扱われる可能性があります。しかし、同提案は2020年3月17日現在において実施されておらず、現状本件は傷病休暇として取り扱われません。
2)労働者の休業中の賃金については、労働法98条に規定があります。
第98条 休業時の賃金 |
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休業の場合、労働者は以下のとおり賃金の支払いを受けることができる。 1.使用者の過失による場合、労働者は賃金全額の支払いを受けることができる。 2.労働者の過失による場合、賃金は本人に支払われない。同じ事業所で勤務し、やむを得ず休業した他の労働者は、両当事者が合意した水準で賃金の支払いを受けられるが、政府が定める地域別最低賃金を下回ってはならない。 3.使用者、労働者の過失でない停電、断水、または自然災害、火災、危険な疫病、戦争、国家管轄機関の要求に基づく稼動場所の移転、経済的な理由など、その他の客観的な原因による場合、休業時の賃金は両当事者の合意に基づくが、政府が定める地域別最低賃金を下回ってはならない。 ※下線は、筆者加筆 |
2020年2月1日付決定173/QD-TTg号(以下「決定173号」といいます)では、新型コロナは、最も危険度の高いグループAの感染症とされていますので(決定173号1条5項)、上記3項の「危険な疫病」に該当するものと考えます。
しかし、本件では新型コロナの感染の事例ではなくあくまで感染疑いの事例であるため、同3項の適用はないでしょう。
本件は前記第1項の「使用者の過失による場合」とは異なりますが、論理的には会社側が安全配慮義務を履行するために会社への出勤を控えさせることになりますので、同項に準ずるものとしてその適用があるものと考えます。したがって、原則として会社は、休業中の給与を負担しなければならず、また法定(就業規則)上の有給休暇を消化させることはできないと考えます。
3)以上が、2020年3月17日現在における、法令上最も合理的な取扱いと考えます。
もっとも、本件においては新型コロナという未知のウイルスに対処する非常事態であること、医療機関からの指示に基づいての休暇であり前記のとおり「使用者の過失による場合」とは異なることから、労働者に休暇に当たって①有給休暇の取得を依頼すること、②合意を得て無給での休暇としてもらうこと、は法令に抵触しないものと考えます。
ただし、この①、②はあくまで労働者に強制できるものではないので、労働者から拒否された場合には、原則にもどって前記2)に記載した措置(全額給与支払いでかつ有給の消化なし)が必要になると考えます。