公開日:2020/03/20
ベトナム労務シリーズ⑤ 無断(事前通知のない)退職者への対応策
1 はじめに
ある日、いつものように出社してみると、出社するはずの従業員が出社してこない。不審に思い連絡を取ってみたが、なかなか連絡がとれず、やっと連絡が取れたと思ったら、「辞める。」と一言。電話は切られて、その後何度連絡しても電話は繋がらないし、メールの返信もない。
こういった事態は日本でも起こりますが、当然ベトナムでも起こり得ます。今日は、こういった場合の従業員が正規の手続きを踏まずに退職した場合の対応策について考えていきたいと思います。
2 労働契約の終了に当たって、労働者側からの通知の要否
労働契約の終了に当たって、全ての場面で労働者からの事前通知(以下「通知」という場合があります)が必要なわけではありません。まずは、通知が必要な場合とそうでない場合を整理したいと思います。
1) 試用契約
試用契約の場合、たとえ試用期間の途中であっても、事前通知なく契約を終了させることが法律上明記されています(労働法29条2項)。また、同項には、契約終了によって生じる損害の賠償義務を負わないことも明記されています。よって労働者は、試用期間中であれば突然退職するとしても、事前の通知は不要であり、更に何ら損害賠償義務は負わないことになります。
また一方で、同29条2項には、会社側の給与の支払いが免除されることは記載されていないので、労働者が突然退職したとしても、試用期間中の勤務日数に応じた給与の支払いは必要ということになるでしょう。
2) 有期雇用契約の終了時
有期雇用契約の期限における終了にあたっては、会社側は15日前までに通知が必要とされていますが(労働法47条1項)、労働者側は通知を行う必要がありません。なお、労働契約の終了にもかかわらず、労働者が就業を継続した場合には、新たな労働契約の締結が義務付けられてしまうので(労働法22条2項)、この点会社は注意が必要です。
3) 有期・無期雇用契約中の解除
有期雇用契約期間の途中、及び無期雇用契約の解除においては、事前の通知が必要となります。
① 有期雇用契約期間中
有期雇用契約期間中の場合、労働者が労働契約を解除するには、解除原因と事前の通知が必要となります。
例えば、契約条件と異なる労働契約を強いられたときや、ハラスメントを受けたときは3営業日前に、家庭内の事情や公職に選任されたときは、30日以上前に労働者側から事前の通知が費用とされています。詳しくは、下記に条文を引用しますのでご確認下さい。
第37条 労働者が労働契約を一方的に解除する権利 |
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1.有期限労働契約、季節的な業務または12ヶ月未満の特定業務を履行するための労働契約の下で就労する労働者は、次の場合に契約を契約期間満了前に一方的に解除することができる。 a)労働契約で合意した業務もしくは勤務地に配置されない、または労働条件が保証されない。 b)労働契約に定めた給与が十分に支給されない、または支給が遅延する。 c)虐待、セクシャルハラスメントを受ける、強制労働をさせられる。 d)自身または家族が困難な状況に陥り、契約履行の継続が不可能になる。 e)住民関連機関における専従職に選出される、または国家機関の職務に任命される。 f)妊娠中の女性従業員が、認可を受けている医療機関の指示により、業務を休止せざるを得ない。 g)労働者が疾病または事故にあったものの、有期限労働契約の場合は90日間、季節的業務または12ヶ月未満の特定業務を履行する労働契約の場合は契約期間の1/4を治療に充てたにも関わらず、労働能力を回復できない。2.本条第1項に基づいて労働契約を一方的に解除する労働者は、使用者に対し、次の期間をもって事前通知しなければならない。 a)本条第1項第a、b、c、g号の場合は、少なくとも3営業日前とする。 b)本条第1項dおよびeの場合、有期限労働契約については少なくとも30日前、季節的業務または12ヶ月未満の特定業務を履行するための労働契約については少なくとも3営業日前とする。 c)本条第1項第f号の場合、事前通知期限は本法第156条の規定によるものとする。3.無期限労働契約の下で就労する労働者は、本法第156条に規定する場合を除き、労働契約を一方的に解除できるが、使用者に対し少なくとも45日前に事前通知しなければならない。 ※2020年3月13日現在の法令を記載しています。2021年1月1日から施行される新法では少し内容が異なりますのでご注意ください。 |
② 無期雇用契約の場合
前記の条文にも引用されていますが、無期雇用契約の場合、解除原因は不要ですが、労働者は退職の45日以上前に会社へ通知しなければなりません。
3 通知を怠った場合の、労働者の賠償義務等
通知を怠った場合、労働者の行為は一方的な不法解除となります。この場合、労働者は以下の義務を負います。
① 退職金を受給できず、労働契約で定めた給与額(月給)の2分の1を賠償金(以下(「賠償金①」という場合があります)として会社に支払わなければなりません。
② ①に加えて、事前通知を行わなかった日数に応じた賠償金(以下「賠償金②」という場合があります)を支払わなければなりません。
例:月給1000万VND、月の勤務日数が20日の労働者が30日前に行わなければならなかった通知を全く実施せず退職した場合の、①と②の賠償金の合計は下記のとおりとなります。
1000万÷2(賠償金①)+1000万÷20×30(賠償金②)=2000万VND
③ 職業訓練契約に基づいて支給した職業訓練費用(労働法で定められた職業訓練契約に基づいて日本に研修に行っていたような場合)があれば、労働者はその費用を会社に返還しなければなりません。
4 会社の対応について
1)出社しない労働者から退職の意思が確認できない場合の措置
冒頭の例では、労働者から退職の意思を確認できていますが、全く連絡がつかず退職の意思すら確認できないという場合もあると思いますので、まずはその場合について触れます。
2021年1月1日から施行される新しい労働法(以下「新法」といいます)では、5日以上の無断欠勤は一方的解除事由とされています(新法37条1項e号)。そのため、無断欠勤が5日以上続いた段階で、通知を行うことなく労働契約の一方的解除が可能となります。
この点、現行法では、5日以上の無断欠勤は懲戒解雇の事由としかされていないので(労働法126条3項他)、注意が必要です。現行法下では、会社の就業規則に懲戒解雇事由として5日以上の無断欠勤が記載されており、かつ労働法上の懲戒手続きに則った処分を実施することになります。実際には連絡が全く取れない労働者に対して、ここまでの措置を取っていない会社も多いと思いますが、厳密に法令にしたがうと以上のような取扱が必要となるでしょう。
2)労働者に対する賠償金の請求方法
労働者が辞める場合、3で記載した損害賠償の支払いの求め方ですが、実際に会社から労働者への支払いを請求しても、請求に応じてもらうことは難しいです。冒頭に示した例のようにこのような状況が生じる場合、当該労働者と連絡を取ること自体が難しくなる場合も多いからです。
そのため、多くの企業(ベトナムローカル企業を含む)では、違法な一方的解除が発生した時点における未払い給与額と前記の賠償金を相殺することによって対処する場合もあるようです。
もっとも、労働法上給与から損害金を天引きする行為は、会社の設備機器を損傷する等した場合を除き、労働法101条によって禁止されています。したがって、前記の一方的な相殺という方法を取るのではなく、難しいかもしれませんが、両者で未払給与と損害賠償の処理を合意して解決する等の措置が望ましいといえます。